2012年

9月

02日

故郷の欠片から生まれる甘木まち/ITB

■タイトル

故郷の欠片から生まれる甘木まち

 

 

左図:朝倉市の位置

■問題意識 『空洞化したまち』

 広い敷地を求めて、郊外への商業施設や公共施設、病院などの出店・整備がされたことで、人びとの行動範囲は広がり、より便利な生活を手に入れた。しかし、かつての甘木のまちの中心として栄えていた場所は空洞化が進み、そこで生まれていたコミュニティやまちらしさがなくなりつつある。かつての商業の場としてまちの中心であった場所に、まちらしさやコミュニティを取り戻すものはつくれないか。 

 

■敷地

福岡県朝倉市甘木

甘木アーケード商店街(一番街商店街)または西鉄甘木バスセンター

※上図の黄色で塗りつぶした場所

 

*甘木アーケード商店街*

 全長420mの甘木アーケード商店街は、本通り商店街(250m)・サンタウン商店街(100m)・一番街商店街(74m)で構成されている。

 1971年に商店主らが資金を出し合って建設した。当時は120もの店が軒を連ね、百貨店やスーパーのほか映画館が5館もあった。そこは地元住民だけでなく農村地域の人々も引きつけ、周辺住民の“台所”として機能していた。しかし、時代が変わり、人、物、金の流れが変わった今、駐車場完備の郊外型大型店や安くて便利なネット販売との競争に敗れ、シャッター商店街へと姿を変えてしまった。生鮮食料品店などの生活を支える店の撤退は客離れに拍車を掛け、今では店も40店舗足らずにまで減少している。甘木で育った私にとって、保育園から高校まで登下校で通ったアーケード。そこは私たちの遊び場でもあり、買い物の場であり、まちのイベントの場であった。まさに甘木の顔といえる場所であった。

 現在、アーケードの老朽化、店舗の減少により、甘木アーケード商店街は大きく変わろうとしている。朝倉市は客が車で商店街に乗り付けられるように、歩行者優先だった通りを拡幅し車道整備をしているところで、薄暗いアーケード(屋根)も撤去し、明るい商店街へのイメージチェンジを図ろうしている。しかし、商店街としての機能しか持たないだけでは、かつてのまちの中心となり、まちらしさやコミュニティを生む場所にするには困難であるように感じる。

都市再生整備計画 甘木地区

 

■プログラム 『まちの案内所』

 現在、朝倉市にはまちの所々に「まちの駅」というものがある。といっても、洋食屋に「洋食の駅」、あめ屋に「菓子の駅」と称しているだけである。しかし、朝倉市のまちの駅自体の案内所は存在しないこともあり、まちの駅として利用している人は少ない。そのため、現在アーケードの解体が行われ整備が進む甘木アーケード商店街、または博多や朝倉街道/二日市の福岡方面と杷木方面を接続する西鉄甘木バスセンターに朝倉市のまちの駅の案内や朝倉市の案内する場所をつくる。

 

■手法

 ヴォイド(機能が限定され、滞留するもの)となるプログラムを入れることで、まちらしさや個性を取り戻す。

 

■提案イメージ

低層 周辺の既存の建物との高さを合わせるため。地域住民のコミュニティをこくするため。

 

 現在アーケード商店街の近隣には地域センターやコミュニティセンター等の計画はされている。そこにまちらしさを加えて行くことで、アーケード商店街が存在した場所全体が、住民のつながりや、甘木以外から訪れたひととのつながり、まちらしさを持つ空間となるようにする。

 以前は西鉄が運行していたバスの路線の多数が、今では甘木観光が行っており、西鉄は福岡方面と杷木方面の路線しか運行していない。一方、甘木観光は西鉄甘木バスセンターから甘鉄甘木駅にターミナルを移設しているため、甘木をまわるとしたらここから乗ることになる。そのため案内所のある西鉄甘木バスターミナルから甘鉄甘木駅への回遊性を生むことになり、アーケード解体後も残った商店への集客も期待出来るのではと考える。

 

■模型

1/100(1/200) 周辺と建築の関係

1/50 内部表現